Shaoqin Quartet 松本公演レポート

コンサート/ライブ報告

2024年09月20日17時まつもと市民芸術館、開演前やや早めに到着した広大なホールは、まだ誰も観客が訪れていないため物音ひとつせずに静まりかえっていました。足早にエントランス階段を上ってゆくと、顔なじみのスタッフ達が CD の販売や当日チケットの準備を手際よく進めています。私を含めた誰もが皆、これから始まるコンサートへの期待と興奮を胸の内に抱えて居るのが、やや上気した表情やきらきら輝く瞳から伺えます。扉を開けて公演が開催される小ホール内へ足を踏み入れてみると、先ほどまでリハーサルが行われていた会場も、静寂に包まれ公演の始まりを楽しみに待っているかのようでした。

その時、私の脳裏をとりとめなくこんな疑問が横切っていったのです。

『ロシアの作曲家ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー氏は、後年自らの楽曲がこのような”カタチ”で演奏されるとを予想したり考えたことがあるだろうか。』…と。彼がどれだけ創造力に満ちた作曲家であっても、たぶん今回の演奏を予想するのは不可能だったでしょう。

ひとつには Shaoqin Quartet のメンバー構成がとりわけユニークだからです。現代中国でガオ師の手により二胡を改良して産まれた韶琴(シャオチン)、スペインが発祥とされるギター、そしてイタリアを源流とするチェロ、東洋楽器と西洋楽器の夢のような組み合わせです。そして中国と日本の一線で活躍するミュージシャン達(ジョージ・ガオ師・今井美樹・稗田隼人・蒼井大地)が共に手を携えて演奏する、ドリームチームでもあるのです。
さらに今宵のコンサートでは、Shaoqin Quartet によるこれまでにない全く新しい試みが行われようとしていました。従来の二胡では再現不可能であった曲、つまりより音域の広い韶琴でなければ弾けないクラッシック曲にトライしたのです。曲名はチャイコフスキー ヴァイオリン協奏曲 作品35 第三楽章…本来ヴァイオリンやオーケストラのために書かれた曲、それを我らが Shaoqin Quartet が演じようと言う訳です。

クラッシックファンならこんな風に考えてしまうかもしれません。
「ヴァイオリンとオーケストラを使ってごく普通にやればいいのに、なぜわざわざ無謀にも Shaoqin Quartet で演奏にチャレンジするのですか?」と…。
その疑問にはガオ師がトークで答えてくれました。長く親交を深めている今井美樹でさえ知らなった貴重なエピソードが、MC で突然ガオ師の口から語られました。ジョージ・ガオ師が幼少期を過ごした甘粛省は非常に貧しい地域で、ギターはおろかヴァイオリンなど、とても手にすることなど不可能な、厳しく過酷な生活環境だったと…。

「私には二胡しかなかったのです。」

しんと静まりかえり何ひとつ聞き漏らすまいと耳を傾ける聴衆の耳に、ガオ師の真摯な言葉がこだまのように届きます。二胡は幼い頃から音楽に魅入られたガオ師が手にすることができた、唯一の楽器だったのです。彩に満ち溢れた様々な楽曲、その中でも特別尊敬し大好きであったチャイコフスキー氏の作品をいつか弾いてみたい…、ですが悲しいことにそれは当時のガオ師がどんなに願っても実現不可能な夢でした。何故ならチャイコフスキー氏の作品は二胡で表現できる音域をはるかに凌駕する曲ばかりであったからです。けれど、ガオ師が自らの希望を諦めることは決してありませんでした。ついには二胡を改良して”韶琴”を自ら開発製作したのです。新たな楽器を生み出すために、師はいったいどれほどの試行錯誤を重ね、困難や苦労を経て来たことでしょう。でもきっと、ガオ師はまるで少年のように輝く笑顔でこう答えるに違いありません。『韶琴を作るのは楽しく面白いやりがいのあることだった。』と。

さてコンサートは信州ならではの選曲、”真田丸”で幕を開け、Shaoqin Quartet のテーマソングと言っても良い名曲、メンバーの一人である稗田隼人作曲の”旅”へと続きます。会場が和む柔らかな笑いを誘う楽しい MC を挟み、一曲終えるたびに大喝采を博しつつ、順調にプログラムが消化されてゆきました。あっという間に前半の終了です。素敵な時間ほど速く過ぎ去ってしまうのを痛いほど意識しないではいられません。15分間の幕間では演奏に感動したお客様たちからの賞賛の声や、韶琴に関する質問を受けて答えたり、慌ただしくも楽しさ嬉しさに満ちた、同時に Shaoqin Quartet を誇りに思う気持ちがより高まる時間となりました。

いよいよ後半のステージが始まり、例えば”LIBER TANGO”では熊本比呂志のパーカッションを交え、また中国の楽曲”戦馬奔腾”では龍胡堂の講師陣である、劉 鉄鋼(りゅう てっこう)さん、楊 志偉(よう しい)さん、高 静(こうせい)さん、侯 俊成(こう しゅんせい)さん等が二胡を携え参加、ガオ師も思わず力が入り夢中になって演奏を楽しむ様子も見受けられました。

そしてコンサートのファイナルに用意されていたのが、チャイコフスキー ヴァイオリン協奏曲 作品35 第三楽章です。その演奏の模様を言葉で伝えることなど、私にはとてもできません。ですがそれはガオ師の長年抱いていた夢が叶った瞬間です。ボクたち私たちは、一人の少年が描いた未来と、その夢が結実する瞬間に、それと知らずに共に立ちあうことができた非常に幸運な観客であったのです。ただ、それを実現するにはガオ師一人の力では無理だったかもしれません。ドリームチームShaoqin Quartet が結成され、ギターの稗田隼人が完璧な編曲を構成し、蒼井大地のチェロがカルテットの調和を支え、今井美樹の韶琴がガオ師の心に寄り添う伴奏を熟すことができたからこそ、成しえたのです。このメンバーのたとえ誰一人として欠けていたら成就しなかった、ある種小さな奇跡が積み重なった結果のように思えるのです。それだからこそ、会場に集った全ての人々の間に、まるでさざ波のように感動が伝わり静かに広がって行ったように思うのです。

拍手大喝采とブラボーの声がホールに飛び交い、公演は大成功の裡に無事終了しました。観客の皆さんはまだ興奮冷めやらずと言った様子で、出演者たちと記念写真を撮ったり CD を買ったり、コンサートの余韻をそれぞれに楽しみながら少しずつ会場を後にしてゆきました。まつもと市民芸術館は再び静けさを取り戻しましたが、私の胸の内ではチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲が止むことなく幾度も幾度も繰り返されていました。この記事を書いているいまもそうなのです、まるでShaoqin Quartet の演奏が魂に刻み込まれてしまったかのように…。

音楽は国境を越えると言います。でも、それだけではなく、音楽はかたちを変化させながら時さえ越えて紡ぎ続けられ、人々の心に中で響き続けてゆくものなのではないでしょうか。

最後に、あの場に集いあの時間を共有していただいた全てのお客様、ジョージ・ガオ師と Shaoqin Quartet をサポートしてくださった後援者の皆様、そして公演に伴いボランティアで活動を支えてくださった全ての方々に、この場を借りてあらためて御礼申し上げます。
ありがとうございました。
おかげさまで最高のコンサート開催を無事に終え、皆さんと共にジョージ・ガオ師の夢をひとつ叶える瞬間に立ち会うことができました。

またどこかでご一緒できる日を心から楽しみにしています。

今井美樹 マネージャー・賀來尚樹

>ジョージ・ガオ師からのメッセージ

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